Poitto はなぜ生まれたか #2 — 違和感:便利になったのに、薄れていく何か
便利になったはずなのに、なぜか車との距離は遠くなった。警告灯の不安、転勤先での店探し、試しては消した数々のアプリ。違和感の正体を辿るVol.2。
便利になったはずなのに、なぜか車との距離は遠くなった。警告灯の不安、転勤先での店探し、試しては消した数々のアプリ。違和感の正体を辿るVol.2。
車に長く関わる仕事をしながら、ずっと引っかかっていたことがある。
業界の会話は、いつからか効率と機能の話ばかりになっていた。燃費、安全装備、コネクテッド、サブスク。どれも大事だ。けれど、学生時代に目的地もなく走った夜のこと、車という移動手段があるだけで世界が一段広く見えた感覚、二人きりの車内でだけ生まれる会話——そういう「感情の部分」を語る場面が、年々少なくなっていく気がした。
便利になったはずなのに、何かが薄れている。
ユーザーとしての自分も、同じことを感じていた。
オイル交換、前回いつやったっけ。ふと点いた警告灯の意味が分からず、不安だけが残る。誰に連絡したらいいのかも分からない。転勤のたびに、新しい整備工場をゼロから探す。装備が増えすぎて、半分も使いこなせていない。週末にドライブへ出ようとすれば情報が多すぎて、結局いつものルートを走る。
「移動中の自分だけの空間」を大切にしたいだけなのに、車を持つということが、こんなにも細かな面倒の集合体になっている。
アプリも、ひと通り試した。
給油記録アプリは、毎回の手入力に疲れて続かなかった。ガソスタの会員アプリは増えていく一方。メーカー純正アプリは中古で乗り換えるとデータが途切れ、メーカーが変われば使い勝手も機能も別物になる。保険アプリは更新の時しか開かない。
試しては消し、を繰り返していた。
どれも悪いアプリではない。ただ、私が欲しいものとは少し違う。「これじゃないんだよな」と呟きながら、ホーム画面から一つずつ消していった。
整理してみれば、私が望んでいたことは案外単純だった。
面倒な部分は、できるだけ後ろに引っ込んでいてほしい。そのうえで、車に乗る時間そのものが持っていた、あの少し背筋が伸びるような感覚を、もう一度前に戻したい。
便利さと引き換えに諦めるものは、本当はそんなに多くないはずだ。
その違和感をどう形にしようとしているのか。次回、「相棒」というアイデアの話を書きます。
Poitto 開発チーム