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開発・思想·2分で読める

相棒、誕生のはなし Vol.1 — 名前はつけなくても、私たちは擬人化していた

「車に名前をつけたことはありますか?」と聞かれると、私は首を横に振る。けれど、洗車を『お風呂に入れる感覚』と呼び、遠くから家族の車に気づき、乗り換えの日には『ありがとう』と声をかけていた。名前がなくても、感情と行動の上では、私はとっくに愛車を擬人化していたのかもしれない。

#相棒#擬人化#カーライフ#エッセイ#Poitto

「車に名前、つけてる?」と聞かれて

正直に言うと、私は車に名前をつけたことがない。

数年前に手に入れた、ある国産SUV。今もよく走ってくれている一台だが、「ナナちゃん」とも「クロ」とも呼んだことはない。だから「車を擬人化していますか?」と聞かれたら、たぶん首を横に振っていたと思う。

ところが、自分のカーライフを少し丁寧に振り返ってみると、不思議なことに気づく。名前はつけていないのに、扱い方と感情のほうは、もうずっと前から擬人化していたのだ。

洗車は「お風呂に入れる感覚」だった

例えば洗車。黄砂が積もった朝や、夜通し雨に降られた翌日、ボディが薄汚れているのを見ると、なんだか落ち着かない。仕事の合間にスポンジを取り出して、泡で包んで、水で流して、最後にタオルでそっと拭き上げる。

その一連の動作を、私はいつしか「お風呂に入れる感覚」と呼ぶようになっていた。きれいに磨かれた車を眺めると、なぜかこちらまですっきりする。

遠くからでも「あ、あの車だ」と気づく

駐車場で、見覚えのある形に目が留まる。色も車種も似たような車が並んでいるのに、不思議と「あれは友人の車だな」「あの一台は親戚のだ」と分かってしまう瞬間がある。

そして、乗り換えのとき。次の車に荷物を移し終えてから、私は古い愛車に小さく声をかけていた。「たくさんの思い出を一緒に作ってくれて、ありがとう」と。誰かに見られていたら少し気恥ずかしいけれど、そうしないと前に進めなかった。

一人ドライブで、誰かに伝えたくなる

長距離の出張や帰省で、見たこともない景色に出会うことがある。普段は殺風景に見えるビル街が、夜になるとびっくりするほど煌びやかで、「こんなにきれいな街だったのか」と声が漏れる。

そういうとき、決まって思う。「ここ、今度連れてきてあげたいな」「自分だけが知っている秘密の場所を見つけた気がする」と。助手席は空いている。でも、独り言の宛先は、なんとなく目の前のハンドルと、その向こうにいる愛車だった気がする。

名前はなくても、関係はそこにあった

洗ってあげたくなる。遠くから気づく。別れにありがとうを言う。景色を共有したくなる。

名前をつけていなかっただけで、私たちはとっくに愛車を擬人化していたのではないか。そう気づいた瞬間に、「相棒」という言葉が、ふっと頭の片隅で点滅し始めた。

Poitto 開発チーム

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